法の下の高校生のつぶやき

宮城県在住の高校2年生です。

違法収集証拠排除

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産経新聞 2021年1月18日)

 仙台地裁大麻所持事件について違法な捜査活動によって収集された証拠であるとして被告人に無罪判決が下された。
 インターネット上の反応を見ていると,この判決に対する批判が実に多く見受けられる。そこで,本稿では無罪判決の根拠となった「違法収集証拠排除法則」(以下,「排除法則」という。)について取り上げたいと思う。

 

 

違法収集証拠排除法則とは

 そもそも,裁判官の発出する令状に基づかなければ捜索や証拠物の押収はできない。(令状主義)
 そうであるところ,違法収集証拠の排除とは,違法に集められた証拠の証拠能力*1を否定する法準則をいう。証拠能力が否定されると,刑訴法*2317条にいう「証拠」に該当せず,これを事実認定に供することはできない。(尤も,ほかに疑うに足りる合理的な証拠があればそれを基に有罪判決が下される。)

 しかしながら,そこで違和感を覚える人が多いのではないだろうか。どれだけ違法な手続きで収集されたとしても,冒頭に挙げた事例のように「大麻」という証拠物の存在・形状に関して証拠価値*3に変わりはない。証拠の客観的価値は揺るがないはずなのに,捜査官が違法なことをしたからといって,証拠能力を否定し,被告人を無罪放免するような法則をなぜ採用しているのか。と思うことであろう。
 その違和感を解消すべく,本稿では排除法則を所与のものとして扱うのではなく,根拠論から述べていきたい。

 

排除法則をめぐる議論

 たしかに,我が国においても,違法に得られた証拠について,かつては証拠物の証拠としての価値に重点を置いており,「押収物は押収手続が違法であっても,物其自体の性質,形状に変更を来す筈がないから其形状等に関する証拠たる価値に変りない」という見解を示していた。*4(証拠能力肯定説)
 一方で,学説*5は,アメリカ連邦最高裁判例を元に,その影響を受けながら,証拠能力否定説の立場の論者が増える傾向にあった。証拠能力否定説の立場から, 排除法則を肯定する根拠には様々な言及がされたものの,我が国においては憲法にも刑事訴訟法にも,条文上に決定的な文言を有しないということから,そもそも,排除法則を採用しうるか否かということや,採用しうるとした場合の根拠の如何などといった問題について最高裁による判断が待たれていた。

 

最高裁判例

 上述のとおり,排除法則は,もともとアメリカにおいて発展してきた理論で,我が国においても違法に得られた証拠は有罪立証のために用いられることが許容されるべきか否かが現行刑事訴訟法の施行以来,長く研究対象となっていた。そして,昭和53年に最高裁は以下のように,理論としてこの排除法則を採用するとの判示をしたのである。

最高裁昭和53年9月7日判決

証拠の収集手続に,憲法35条及びこれを受けた刑訴法218条1項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり,これを証拠として許容することが違法捜査を抑制する見地から相当でないと認められる場合においては,その証拠能力は否定されるものと解するべきである。

 

 附帯的に述べておきたいのが,排除法則を導く法的根拠である。最高裁は以下のように,排除法則の根拠を憲法には求めないという立場を採った。憲法の定める基本権侵害から直ちに導かれるのではなく,訴訟手続上の証拠法則を創出したものである。

違法に収集された証拠物の証拠能力については,憲法及び刑訴法になんらの規定もおかれていないので,この問題は,刑訴法の解釈に委ねられているものと解するのが相当である

また一方で,最高裁が法的根拠について刑訴法上の問題であるとしたことには学説において異論があがったことは一応,紹介しておきたい。*6

 

排除法則の根拠

 上記の最高裁判決の後,学説におけるその研究は排除法則の原理や根拠という点に移った。
 今日の学説においては,排除法則について以下の3点が根拠として論じられている。

  1. 将来における違法な捜査の抑制
  2. 司法の無瑕性・廉潔性の維持
  3. 適正手続の保障,権利の保護

 

1.将来における違法な捜査の抑制

 最高裁が「これを証拠として許容することが違法捜査を抑制する見地から相当でないと認められる場合においては,その証拠能力は否定される」と説示していることから,将来における違法な捜査の抑制を排除法則の根拠の1つとしているのは明らかであることが窺える。
   つまり,違法な捜査によって収集されたものを安易に証拠として採用してしまうと,違法な捜査自体をも認めてしまうことになりかねない。そうすると以降,適正な捜査が行われなくなるおそれがあるため,仮に得られた証拠が客観的なものであったとしても,違法な手続きの下で収集された証拠は排除すべきとするのがこの論理なのである。
 しかしながら,多くの人が違和感を覚えるように,排除法則の適用は刑事手続の基本目標である"事案の真相解明"に正面衝突することとなる。そのため,その適用にあっては当該証拠収集の手続過程に捜査機関による「重大な違法」が認められる場合に限られる旨が示されている。したがって,捜査手続の違法判断と証拠排除の結論は直結しない。
 他方で,裁判所が証拠排除とすべき認定したときは,捜査機関に「重大な違法」行為があったと解することができるのである。

 我が国が,排除法則の採用にあたり参考にしてきたアメリカ連邦最高裁は,この違法捜査の抑止効という点を根拠の重点に置いており,根拠としては十分であろうと思われる。

 

2.司法の無瑕性・廉潔性

 判例において直接明言されていないが,違法捜査の抑制と並んでしばしば排除法則の根拠として挙げられるのがこの「司法の無瑕性・廉潔性」の維持という説明である。
 違法な捜査手続により発見・収集された証拠が,正義を実現し廉潔であるべき裁判の場で用いられることは,司法に対する国民の信頼を害することとなるため,そうした証拠は司法手続から排除されるべきとする論理だ。

 しかしながら,違法な捜査によって収集された証拠をすべて排除し,また被告人を無罪としていれば,刑事司法としての本来的目標である"事案の真相解明"という意義が疎かになり,かえって司法の信頼を損いかねない。
 そのため,排除法則の適用にあっては,最高裁が説示するとおり捜査機関による「重大な違法」が認められる場合に限定されているのである。

 

3.適正手続の保障,権利の保護

 3点目は,憲法や適正手続の保障に内在する要請から証拠が排除されるべきとする適正手続の保障の観点や,これに加えて,発生した利益侵害に対する救済の一場面として証拠を排除すべきとする権利の保護・救済の観点である。
 つまりは,違法な捜査の下で得られた証拠を排除することで,憲法や刑訴法が求める法に基づいた適正な手続きの運用を図ること,そして違法な捜査手続によって不当に身柄を拘束されるなどの不利益を被らないために,その権利・利益を保護するという点に意義をもたせたのがこの適正手続の保障,権利の保護なのである。

 現在では上記の2点が排除法則の中心たる根拠とされているが,これらの論拠も,証拠収集過程における違法に目を向けるものである以上は,適正手続の保障ないし権利侵害からの保護を旨とする手続法の遵守を前提とする理解であるといえる。

 

 

結論(仙台地裁判決考察含む)

 幾度と,上述してきたとおり排除法則の適用にあたっては捜査機関による「重大な違法」が認められる場合に限られる。冒頭で紹介した仙台地裁判決でも,島田裁判官は「令状主義の精神を没却する重大な違法がある」と,前記の昭和53年最高裁判決を念頭に,明確に説示している。
 当該事案においては,任意の所持品検査に応じていた男性の車のドアを許可なく開け,その後,逃走を試みた男性を路上に押しつけるなどして捜索令状が執行されるまでの約5時間にわたり,男性を駐車場に留め置いた。ということである。
 たしかに結果論としては大麻が発見されているものの,捜査手続においては証拠物を発見・収集する過程に違法があってはならず,違法捜査の結果,大麻が発見されたのであって,その時点で捜索令状を必要としないほどに緊急性があったとはいえない。という判旨なのである。

 排除法則が存在する主たる根拠は「将来の違法な捜査の抑制」という点にある。
 発見された「大麻」が,証拠として揺るぎない客観的なものであったとしても,それが無理にドアを開けて車内を確認した上で発見されたものであったり,令状が出るまでの間,押しつけて5時間その場に留めたりしたことで,挙げられた証拠であったなら,それを認めてしまうことで,捜査機関が今後もそうした捜査によって無理にでも証拠を押収しようとしかねない。
 そうしたことを抑制するために,証拠としては排除しよう。というのが排除法則なのだ。

 「事実に合致しているから証拠として認めよう」とする思考の末,行き着くのは,「いかなる違法な手段を取ろうとも証拠を見つけて有罪にしよう」という思考でしかない。

「捜査機関に、法を破ることの成功体験を与えてはいけない。」と,とある弁護士さんも仰っていた。

 捜査機関の法令遵守意識に対するハードルが低いものとなってしまうゆえに,違法な捜査の下で収集された証拠を認めてはいけない。

 

 

 

 以上までで,法に対する理解が深まり,適正な手続きの重要性について理解してもらえたら幸いである。
 司法の責務は法に則り,そして立法や行政を監視することにあるのは中学校等で習うとおりであるけれども,そうした責務があるところ,違法捜査と判断したことは司法が正しく機能しているということと捉えるべきなのではなかろうか。

*1:証拠能力=訴訟手続で,証拠として用いることのできる適格。法廷では証拠能力のあるもののみが証拠として採用される。

*2:刑訴法=刑事訴訟法

*3:証拠価値=ある証拠がそれによって証明したい事実の認定にどの程度役立つかという効果。

*4:最高裁昭和24年12月13日 第三小法廷判決

*5:学説=学問上の考え,理解。

*6:「我が国でも憲法論の余地を残しておいた方が賢明ではなかったかとは思う。」=田宮裕「違法収集証拠の排除法則に関する新判例」『刑事手続とその運用一刑事訴訟法研究(4)』(有斐閣, 1990) 73頁